「決められない私」の奥にある声を聞きに行く
■いただいたご質問
なぜ決められないのか?と自分に尋ねていくと、結論「傷つきたくないから」というところに、いつもいきつきます。
そこからしばらく経っても、その先には進めずにいます。
自分の本音に気づくだけでも変化がもたらされるようになるという話も聞いたことがあるのですが、そこから二年くらいたっても決められません。
そのさきはどのようにしたらよろしいのでしょうか?
① 決められないのは、ダメなことじゃない
まず、この問いをご自身に投げかけ続けているということ自体が、すでに内面に深く向き合ってきた証です。とても大切なプロセスを歩んでこられたのだと思います。
「決められない」という状態に悩むと、多くの人はすぐに「どうしたら決められるか?」という答えを求めがちです。
でも、その前に大切なステップがあります。
それはまず、
「決められない私」を否定せずに、そのまま受けとめること。
私たちは、「迷ってる」「決められない」と聞くと、すぐに「優柔不断」「弱い」「覚悟がない」などと評価してしまいがちです。
でも実は、「決められない」は“感受性が豊かで、慎重な心の証”なんです。
心があなたを守ろうとしているから、簡単には進まないのです。
その背景には、もしかすると過去に「選んだことで傷ついた経験」や「誰かに否定された記憶」があるのかもしれません。
つまり、「決められない」の奥には、ちゃんと意味がある。
そして、あなたの心はちゃんと働いている。
だからこそ、まずは自分にこう声をかけてあげてください。
「私はちゃんと感じている」
「進めないのは、まだ準備中なだけ」
「今は“決めない”という選択をしているんだ」
そうやって、「決められない自分」を責めるのをやめたとき、
はじめて次のステップへとつながる“心のスペース”が生まれます。
決められないことは、何も間違いではありません。
それは、自分の深い部分とつながっている証拠。
そして、そこにこそ、あなた自身の力が眠っているのです。
「傷つきたくない」の先にある本音を掘っていく
前回、「決められないのはダメなことじゃない」とお伝えしました。
そのうえで、よくあるのがこんなふうに“気づき”で止まってしまうパターンです。
「決められないのは、傷つきたくないからなんだ」
なるほど…そうかもしれない。
でも、そこから動けない。どうして?
これは、ある意味で“よくある行き止まり”です。
そしてここを越えるには、もう一歩だけ、心の奥に問いかけてみる必要があります。
🔸なぜ「傷つきたくない」と思うのか?
この問いを、さらに丁寧に掘っていきます。
ここでは例を使ってご説明しますね。
▶︎ たとえばこんなケース
やりたい仕事があるけれど、応募する勇気が出ない。
「不採用だったらどうしよう」「自分には無理かもしれない」と思ってしまう。
そして、「傷つきたくないから応募しない」という結論に。
ここで止まってしまいがちですが、さらに掘ってみます。
▽掘る問いかけの例
「どんなふうに傷つくのが怖いの?」
→「無能だと思われるのが怖い」「誰にそう思われるのが怖いの?」
→「世間かも。親かも。でも実は、自分自身かもしれない」「それを思われると、どうなると思ってるの?」
→「自分には価値がない気がする」「それって、昔も同じようなことがあった?」
→「子どもの頃、失敗したら怒られた。『だから言ったでしょ』って言われた記憶がある」
このように、問いを重ねることで、「傷つきたくない」という言葉の奥にある、
“本当の怖さ”や“未完了の記憶”に触れることができるようになります。
そして不思議なことに、ここまで掘っていくと、多くの方がこう言います。
「なんか、少し楽になりました」
「これが怖かったんだって、やっとわかった気がする」
これは、“心が聞いてほしかったこと”が、やっと認識されたからです。
🔸「傷つきたくない」の奥にある声を聞いてあげる
傷つきたくない理由は、人によってさまざまです。
誰かの期待を裏切りたくない
もう一度、あんな想いをしたくない
自分を守るために、慎重でいたい
どれも、ちゃんと理由があるんです。
だから、「傷つきたくない」という気持ちを否定せず、その背景を丁寧に見つめること。
それが、心の安全基地をつくる第一歩になります。
決められないときは、「進むこと」よりも先に、
「なぜ進めないのか」を、やさしく明るい場所に出してあげること。
それが、癒しであり、進む準備でもあるのです。
掘り進めた先にある、“ふわっと軽くなる”感覚
「決められない私」を責めずに見つめ、
「傷つきたくない」の奥を丁寧に掘り進めていくと、
ある瞬間、不思議な感覚が訪れます。
それが、“ふわっと軽くなる”感覚です。
🔸言葉にならない安堵
この感覚は、何かに勝ったわけでも、特別な答えが出たわけでもありません。
けれど、どこかで「もう、大丈夫かもしれない」
「ここにいればいいんだ」と感じるような、静かな安心感です。
たとえば──
「そうか、私は“バカにされるのが怖い”ってずっと思ってたんだ」と気づいたとき
「あのときの私、ほんとはすごく頑張ってたんだ」と認められたとき
「逃げてるんじゃなくて、自分を守ってたんだ」と腑に落ちたとき
何も解決していなくても、心の中の“責め”が止むのです。
それが、この「ふわっ」と軽くなる感覚の正体です。
🔸この感覚が教えてくれること
この軽さは、心があなたにこう伝えているサインです。
「ちゃんと聞いてくれて、ありがとう」
「もう、そんなに頑張らなくていいよ」
「ここまで来たなら、きっと進めるよ」
つまりこれは、“決める”ための力を無理に生み出すのではなく、
自然と「進める自分」に戻っていくプロセスなのです。
私たちはつい、「何を決めるか」にばかり意識を向けますが、
実は大事なのは、「どんな自分が、その選択をするか」。
掘り進めた先で出会う、自分の奥の声、ほんとうの気持ち。
それに触れたとき、決断とは、意思というより“結果”として現れてきます。
🔸決めるのは、戦いではなく“信頼”の結果
何かを決めるというのは、自分の未来を選ぶこと。
それは勇気のいることですが、「もう、怖くない」と思えた瞬間、自然と選べるようになります。
だから焦らなくて大丈夫。
あなたが自分の心を丁寧に見つめ、向き合い続けたことは、
確実に“進んでいる”という証です。
決められなかった過去も、何も無駄ではありません。
それがあったからこそ、今ここにたどり着いたのです。
そしてもし、まだ少し怖さがあるなら、それもまた自然なこと。
大切なのは、自分に誠実であり続けることです。
あなたの心が、「そろそろ、いけるかも」とふと感じるそのときまで。
どうか安心して、今のあなたでいてください。
それが、ほんとうの意味で“決める準備”です。